MR2(SW20)G-Limited 2

89年の秋でした。
土曜日の夜中、彼女を送った帰りは、節約のため地道で帰ってくるのですが、その時に、トヨタの本社のヨコ(知っている方にはわかると思いますが、「中」とも言えます)で、信号待ちをしていた時のことです。
工場の入り口付近から見慣れないクルマが3台ほど連なって出てきました。
そう、これが、発表前の新型MR2(SW20)だったのです。
うっっわー、カッコええ!
深夜だったためか、国道にもかかわらず、偽装もなしで、移動してました。
何の用事だったのでしょうか? ちょっと工場から隣の本社ビルにおつかいだったのでしょうか?
とにかく、「運命」を感じてしまいました。
発表前のクルマと、こんな夜中に偶然すれ違うなんて・・・。
ワタシ、今まであまり考えてなかったんですが、けっこうすぐ「運命」とか考えちゃうタイプの人間だったようです。
そんなわけで、正式発表と同時にカタログを仕入れてきて、グレード選びを開始しました。
そう、もうクルマ選びではなく、グレード選びです。
トレノのところで書きましたが、上にもう一ついいエンジンがあるのに、下のエンジンを選ぶのは嫌なんですが、それがターボだと話は別です。
何を隠そう、ワタシはターボが嫌いなんです。
父親は、スカイラインを乗り継いでいまして、大学の頃、タマに借りて乗ったのが、ターボだったのです。
で、やはり例の3000回転くらいからブーストがかかってくるとドァーっとくるターボ独特の加速感が、どうも好きになれませんでした。(根が繊細なもんで・・・)
そうなると、NAのG-Limitedしかありません。
MR-2には、下にGという素のグレードがありまして、実は、ステアリング連動フォグランプと、パワステ(だったかな)を諦めれば、同じ装備をつけても安く買えることに気づいたのですが、セールスのお兄ちゃんの必死の制止に免じて、G-Limitedにしました。

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MR2(SW20)G-Limited 1

就職して、ちゃんと給料がもらえるようになると、いよいよ「新車」が欲しくなってきました。
トレノに大きな不満もなかったのですが、やはり高速でのハンドルのビビリは苦になるようになりました。
当時、彼女の家と自分のアパートが80キロくらい離れていて、送っていく時に高速を使う機会も多かったので、高速でハンドルがブレるのはちょっとツライのです。
大学の頃から、ディーラー巡りは趣味の一つになってまして、いろんなディーラーを廻って、いろんなカタログを貰ってきていました。
当時のディーラーは、何かかんかお土産をくれたものですが、最近は不景気ですね。
当時、次のクルマとして候補に考えていたのが、S13のシルビアと、出たてのユーノスロードスター、エディ・マーフィーがCMしてたST180型のセリカ、サイバーCR-XのSiR、AW型のMR2でした。
うわっ、こうやって列挙してみると、この頃って、ホントにたくさんのスポーツカー(スペシャリティカー)があったものですね。
素晴らしい時代です。
で、屋根の開くクルマが好きとは言え、オープンカーにする度胸もなく、ロードスターが最初に候補から落ちました。
AWはモデル最末期で、値引きも大きかったのですが、スタイルがカクカクし過ぎてて、ちょっとピンと来なかったので、やはり候補から落ちました。
新型MR2(SW20)のスクープ写真なんかは、ちょっとカッコ悪く見え、これも今一つでした。
セリカも、ちょっと後ろ姿が腰高に見えたのと、FFなのが少しだけ引っ掛かって、なんとなく候補から落ちていきました。
CR-Xは、その頃、ちょうどV-TECを搭載した頃で、これには、相当グラッときました。
前の型のバラードスポーツCR-Xが、予算の関係で買えず、悔しい思いをしていたのもあって、これに決めた! と思ったこともありました。
FFなのは少し苦になっていて、ここでFRのシルビアと迷う結果になりました。
シルビアは問題点といえば、若干大きいのと(ワタシは小さいクルマの方が好き)、売れ過ぎてて走り過ぎていることで、なんとなく踏ん切りがつかない状態でした。

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スプリンタートレノ3ドア1600GT-APEX 5

そういえば、トレノのインプレ的なことって、書いてませんでしたね。
これは、もう多くの方にいろんな場面で言及し尽くされている通りです。
素直な操縦性で、エンジンもとても素直な気持ちいいエンジンです。
ワタシは、ヘッポコなので、ドリフトとかできないんですが、運転がとっ散らかって、勝手にリアが滑ってしまった時でも、そんなにひどいことにならずに修正が効きます。
FRということで、やはり素直なんでしょう。
ドリフトとかしなくても、普通に運転するだけでも、やはりクルマは後輪駆動の方がいいと刷り込まれてしまったところが、道を一歩踏み外す下地になっていたのでしょう。
エンジンは、「名機」と呼ばれる、ご存知4A-GEです。
さっき「素直で気持ちいい」と書きましたが、冷静になってよーーく考えると、「果たしてそれほどの名機なのか」と思わなくもないです。
だって、1600ccで、当時のグロス表示で130馬力(今のNETなら110馬力程度と言われています)。
「GE」ですから、トヨタ得意のエコ志向の「FE」とは違って、スポーツ志向のはずなんですが、パワー的には、今の「FE」に追い越されてますね。
いくら1トンを切るとはいえ、今の基準ではアンダーパワーは否めません。
もっとも当時の感覚では、充分パワフル・・・かなぁ。
ちょっとトルクが細くて、後から乗った、日産のCA16DEの方がトルクフルで上もよく回った気がします。
でも、とにかく当時の感覚で気持ちいいエンジンということに変わりはありませんでした。
トルクが細い分、頑張って上まで回す機会も多く、いかにもエンジンを使っている気分が盛り上がります。
だからでしょうか? いろんな人が後から持ち上げ過ぎだと思います。
4A-GEは、当時としてはよくできた気持ちのいいエンジンでしたし、あれが出たからこそ、今に続くよく回る気持ちのいいDOHCがどんどん出てきたという「功績」が大きいエンジンで、その点をしっかり評価した上でないと余計印象がおかしくなっちゃうと思うのですが・・・。

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スプリンタートレノ3ドア1600GT-APEX 4

トレノのスタイルは、今でも素晴らしいと思います。
あの、コンパクトでしかも存在感もあり、シャープなのにカクカクしてないデザインは、クーペとして秀逸だと思います。

あー、こうやって改めて見ると、やっぱカッコいいなあ。(後ろにたまたま写ってるKPスターレットもいいなあ)
でも、スタイル上で唯一気に入らないのが、トレッドの狭さです。
もともと、一世代前のTE70/71系のシャシーに新型のAE85/86シリーズのボディーを乗っけたので、その分、ボディーの方が大っきくなってるんでしょうね。
トヨタとしては、本業であるセダンのFF化や、新開発エンジンで手いっぱいだったんでしょう。
うわさ話だと、クーペ系もFF化するかどうか迷って、FRを残すかわりにシャシーの新開発まではしない、という決断だったなんて聞きました。
ま、その辺の事情はともかく、トレッドが狭いということは、ワタシ程度の腕の人間にとって、コーナーでの安定性が云々とか言う以前に、腰高に見えてちょっとカッコ悪い。
そこで、ホイールを換えようと思い立ちました。
ミラージュのところで書きそびれましたが、ミラージュの時、ホイールとタイヤを純正の12インチ(だったかなあ、小さ過ぎるかなあ)の88から、13インチの70に換えた時、もっっっのすごくカッコよくなった覚えがあります。(それにしても、凄い扁平率だなぁ)
勉強した結果、ホイールは、オフセットが小さいほどタイヤが外側に張り出すことがわかりました。
トレノでは、タイヤサイズは換えるつもりがなかったので、ホイールだけをオフセットの小さい中古に交換することにしました。
これも、足でいろんな店を回って、探し回った結果、ハヤシレーシングのホイールに交換しました。
このホイールのおかげで、狙い通りホイールが外に張り出し、トレッドの狭さによるカッコ悪さは解消されました。
しかし、たぶんこれが原因と思いますが、高速でホイールバランスが悪くなってしまいました。
どれだけバランスをとってもらっても、ぬぬわキロくらいで、ハンドルがビビるのです。
無理やりトレッドを広げたので、サスに無理がきたんでしょうか。
調子のいい時はぬふわキロくらい、悪い時はぬわえキロくらいから、ハンドルがブレてブレてまともに走るのが辛くなってしまいました。
ちょっとこれは辛かったのですが、取りあえず見た目重視で、そのまま頑張ることにしました。

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スプリンタートレノ3ドア1600GT-APEX 3

「いじるのは、手に触れるところから」というわけで、トレノでは、初めてステアリングを交換しました。
MOMOのヴェローチェレーシング35パイです。
それから、シフトノブ。
これは、当時はあまりアフターパーツの種類が多いわけではなかったのですが、ガングリップとメーカーは言う、ナスみたいな形のノブにしました。
握り心地はよかったのですが、見栄えが今一つ。
安っぽいエッチな室内が、いっそうエッチな印象に・・・。
室内で言えば、リアシートが望外に広かったですね。
もちろんセダンのようなわけには行きませんが、プラス2なんていうレベルのものではなく、さすが大トヨタと感心しました。
運転はしやすく、特にシフトチェンジのしやすさは、その後乗ったどのスポーツカーよりいい感じです。
特に、5速から4速へ落とす時に、スンッと入るのが特筆モノです。
ただ、はじめのうちは、シフトアップする時、4速まで入れたらいったん手を離し、レバーの右側で左手が空振りする、というスーパーシフトから乗り換えた人にしかわからないスットコドッコイなミスを多発していました。
APEXは一応最高グレードのはずなんですが、当時はパワーウィンドウがオプションだったらしく、手回し式のレギュレーターがついていました。
これは、その後、後付けのパワーウィンドウに交換です。
弁当箱くらいの大きさで、レギュレーターハンドルを外した所に差し込むモーターが内蔵されたものです。
一応、運転席側用と助手席側用があって、運転席側用にはワンタッチスイッチ付きです。
昔は、こんなモノもカー用品店に売ってたんですね。(「宝石箱やー」)

Filed under: 昔話 — カーマくん 3:37 PM  Comments (0)

スプリンタートレノ3ドア1600GT-APEX 2

ただでさえギリギリの予算を、さらに厳しくしていたのが、実は、サンルーフです。
CR-Xは、日本初の「アウタースライドサンルーフ」を売りにしていただけあって、普通に装着しているクルマが多かったのですが、トレノはサンルーフ付きのタマが少ない。
で、何でそんなにサンルーフにこだわっていたかというと、他愛もない話です。
雑誌かなんかで見たんです。
湖畔かなんかの駐車場で、男がサンルーフから上半身を出してて、女の子がそいつに向かって、アイスクリームだかジュースだかを渡そうとしている写真を。
あーーーー、なんてオシャレなんだ。
オレもこれやりたい!
クルマに乗るなら、屋根が開くことは、絶対条件だ、となったわけです。
ごめんなさい。バカで。
これ引きずって、今も屋根が開くヤツですね。
あ、ちなみに、実際一度だけサンルーフから上半身を出して、彼女にジュースを渡してもらうというコトをやってみました。
でも、シートを土足で踏んづけるのでなければ、足と上半身の角度がどうにも合わず、一度やっただけで二度とやってません。
さて、ようやく手に入れたトレノですが、実は、はじめ、どうにも気に入らない点が二つありました。
一つが、デジタルメーター。
もう一つがエンジ色の内装。
デジタルメーターは、買う前はホントに嫌でした。
ちなみに「頭○字D」のハチロクは、リアワイパーがヨコに寝ている、最初期型のはずなのに、なぜかアナログメーターなんですよね。
最初期型の3ドアAPEXは、デジタルメーターしか設定されてなかったはずなんですが、とうふ屋のオヤジのこだわりで交換したんでしょうかね。
でも、デジタルメーターには、すぐに慣れました。
センターメーターよりよほど違和感なしでした。
むしろ、どっちかというと好き。
エンジ色の内装は、結局好きにはなれませんでしたが、手の打ちようもなく、諦めました。
なんか、安っぽいエッチさが滲み出している印象ですが、安っぽいエッチな人間であるワタシにはちょうどよかったのかもしれません。

Filed under: 昔話 — カーマくん 1:56 PM  Comments (6)

午前4時の秘密?

アクセスログの「時間別アクセス数」を見ていると、
最近(といっても11/22,23,25ですが)、午前4時に50本前後のアクセスをいただいてます。
真夜中のアクセスは、それなりにいただくんですが、それでも2時くらいから6時くらいまでは一桁がほとんどですが、なぜか、この3日間の午前4時台だけが、突出してアクセスが多い。
午前4時って、何かあるのでしょうか?
いずれにしろ、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

Filed under: その他 — カーマくん 10:42 AM  Comments (0)

スプリンタートレノ3ドア1600GT-APEX 1

「エリーゼ積立」の時もそうでしたが、ワタシは、昔から、わりと小銭をセコセコ貯めるのが得意だったようです。
小さい時からのお年玉の余りとか、大学に入ってからのバイト代とか、なんだかんだ貯めて、大学3年の頃には、何とか100万近く貯まりました。
ミラージュに、別段大きな不満があったわけではありませんが、「自分で選んだクルマを買う」ということをしてみたくなりました。
一時、ベビーギャング(今で言うホットハッチですかね)が好きで、ミニ・デトマゾとかアバルトA112なんかが欲しかったのですが、根本的に予算にあわないのと、昔から、スポーツカーが好きだったので、実際のターゲットは当時で2、3年落ちのスプリンタートレノ(AE86)かバラードスポーツCR-Xでした。
トレノは、例の「頭○字D」で、「ハチロク」としておなじみですね。
今のようにネットがあったわけでもなく、中古車雑誌も、発刊される頃にはいいモノは売れてしまうという時代でしたので、中古車屋を何軒も回るという足で勝負のクルマ探しです。
ミラージュに乗って、次のクルマを探すというのは、なんかミラージュに申し訳ない感じもしますが・・・。
ギリギリの予算なので、10万単位でねらい所が変わってきます。
で、その時の予算では、トレノはGT-APEXがギリギリです。
CR-Xの方は、1500SOHCの1.5iなら範囲内、1600DOHCのSiだと、発売されて間もないこともあり、APEXより15万円ほど高い、という状況でした。
正直言うと、CR-Xの方が欲しかったんですが、上にDOHCがあるのに、予算の都合で、SOHCに乗るというのは、どうしても納得が行かず、だったらトレノ、という流れで、トレノに決まりました。
最終的には、おじいちゃんおばあちゃんに、ちょっと援助を仰ぎましたが・・・。
ここで、CR-Xを選んでいたら、その後のクルマ生活はきっと今とは違ったものになっていたでしょう。
エリーゼにはたどり着いていなかった可能性が高いです。
(ま、それがよかったのか悪かったのかは不明ですが。)
当時、アニキもレビンの3ドアAPEXに乗ってまして、白/黒のいわゆる「パンダレビン」でしたが、ワタシは赤/黒のヤツでした。
58(1983)年型つまり最初期型のトレノ3ドアGT-APEXです。
ちなみにアニキのレビンはマイチェン後のヤツです。

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ミラージュ1600GT 3

三菱のグレードって、GTの上にGSRがあって、走りのトップグレードが、MRでしたっけ?
とにかく、ウチのミラージュは、「GT」というかなりカッコいい名前ですが、何もついてませんでした。
だから、いろいろ無理やり取り付けましたし、昔は、そういうグッズもたくさん売ってました。
そんなわけで、簡単なものなら、かなりDIYで取り付けていました。
解体屋にもよく行きました。
当時、ようやくドアミラーが出回り始めた頃で、ミラージュも、後期型用なのか、輸出用なのか、とにかくミラージュにドアミラーは存在したのですが、ワタシのは思いきり普通のフェンダーミラーでした。
ドアミラーが欲しくて、探していたら、解体屋で見つけた(んだったと思いますが、もはや定かではありません)ので、買ってきて取り付けました。
これは、かなりカッコよくなりました。
一番の大物は、ドアです。
運転席側のドアをぶつけられて、かなりグシャっとへこんだので、これも解体屋を回り、ドアの無事そうなクルマを見つけました。
交渉の結果、「自分で外して、勝手に取り付けて、代わりにへこんだヤツも外したクルマにつけといてくれるなら○○円でいいよ」とのお言葉。
「○○」の部分は覚えていないのですが、タダ同然の格安でした。
ライトも、標準ではシールドビームという、まあ、暗いライトだったので、オプションで出ていたハロゲンに交換しました。これは、取り付け部分のステーが特殊だったため、さすがに解体屋では見つからず、ディーラーから取り寄せました。
こんな感じで、いろいろ付けて「自分色」にしていきましたが、2年ほど乗って、次のクルマにバトンタッチすることになります。

Filed under: 昔話 — カーマくん 2:22 PM  Comments (2)

ミラージュ1600GT 2

今では、大衆車でも当たり前に付いている、間欠ワイパーですが、当時のミラージュには付いておらず、後付けで無段階時間調整式の間欠ワイパーにできるユニットが売られていました。
これは、自分で作業した覚えが無いので、ワタシより若干電気に詳しいアニキにやってもらった気がします(だよね、アニキ?)。
しかし、こんなユニットを売ってたんですね。
昔のカー用品店って、「電気モノの、宝石箱やー(彦麻呂風)」
これは、とても便利だったのですが、時々面白いオイタをしてくれました。
原因は不明ですが、イグニッションを捻ると、なぜかたまにワイパーが1回動くことがあったのです。
たまーにしか起きない現象なので、友人に話しても、なかなか信じてもらえませんでした。
ところが、1度だけ、友人とガソリンスタンドに入って、給油が完了した時、イグニッションを捻ったら、なぜかウォッシャー液がピューッと飛び出してきて、止まらなくなったことがあります。
慌ててキーを抜いたら、さすがに止まったのですが、その後しばらく友人間で「ウォッシャー液事件」として扱われました。
その後も、順調に、要所要所でオイタしてくれて、窓を拭いてくれてるスタンドのおネエさんの手を、いきなりワイパーが動いてガラスとの間に挟んだ「人喰いワイパー事件」など・・・。
考えてみれば、「いじり壊し」的な面はあるものの、当時の国産車って、いろいろびっくりさせてくれる事件を起こしてくれました。
今、輸入車で、いろいろ面白いオイタを味わっていますが、それほど動揺しないで済んでいるのは、当時のこういう経験が、免疫を生んでくれていたのかもしれません。
ああ、ワタシは、輸入車でびっくりしないために、昔から、知らないうちに鍛えられていたんだ・・・。

Filed under: 昔話 — カーマくん 12:31 PM  Comments (2)